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実家漁り パート2

2009年08月04日 01:08

平野耕太のドリフターズが面白いですのぅ。ションベンちびりそうじゃあ(挨拶)

7月29、30日の帰広で今度は本棚の中を漁ってみた。
すると出てくる雑誌の類。
ニュータイプはもちろんだが、パソコンがらみの雑誌もポロポロ出てくる。

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コンプティークの1995年8月号

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まだWindows95が発売される前の雑誌だかんね。
AT互換機っていう呼び方が懐かしすぎる。
MACもx86化した現在、ほぼ全てのパソコンがAT互換機化してしまった。
PC-98もこの後、すさまじい勢いで駆逐されていったもんなあ。
しみじみ、時の流れって無常だねえ。

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パソコンの新製品レビュー。
最高性能のパソコンでもPentiumの90MHzの時代、ホームユースのパソコンはほとんどi486DX2 66MHzとかだったり。
ちなみに右ページのプレサリオが我が家の初パソコンだったりする。
購入はWin95発売後で、一緒にWin95のアップグレード版がバンドルされており、出荷状態のMS-DOS+Windows3.1があまりにも使いづらく、即効でアップグレードした覚えが(笑)。
当時はまだPC-98が勢力を保っており、MS-DOS6.1/Vとそのランチャに過ぎないWin3.1ではまともなソフトがなく、プリインストールの『MS-WORKS』とか『A列車で行こう4』とかしか使えるソフトがなかったというのもある。
DOS/V版のPCソフトなんて広島のショップにはほとんど売ってなかったのよ……(あっても英語版洋ゲー)。

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当時の雑誌には必須だったconfig.sys(とautoexec.bat)の編集指南記事。
時代を感じさせる。
この2つはWindows95で消えた消えたと言われつつ、DOSベースだったWindows Meまではしっかり生き残っていたのはいい思い出。
Win98の時代には電気屋の展示パソコンを起動と同時に強制フォーマットされるようにbatをいじるという、悪魔のような悪戯をしていたのもいい思い出(ぉぃ)。

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DOS/Vマガジンの1996年2月号

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この頃になるとOSとしては深夜発売でお祭り騒ぎという異常なブームを巻き起こしたWindows95も普及し始め、DOS/V(AT互換機)が徐々に勢力を増しつつあった。
そんなときに買ったこの雑誌が私のPCスキルのスタートになったり。
実際、普通のPCユーザーはPC-98をいじってた頃に、この後の記事でも出てくるがパーツ単位での自作などのマニアックな知識満載で、下手な教習本を読むより、余程勉強になった。
特に記事にもあるが、Windows95になってからインターネットもOSの普及にあわせて異常なスピードで普及していったわけで、その知識もこの雑誌で学んだのよね。
日本語版Windows95にはMicrosoft Plus! for Windows95の中にInternet Explorer2.0が入っていて、自分でオフラインでHTML書いて、遊んでたのもいい思い出。
あと、インターネットの主利用目的のWeb、メール、ftpの他にNEWSグループがあることを知ったのもこの雑誌のおかげ。
特に大学時代は自分でも投稿したりして楽しませてもらった。

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そして、この雑誌のおかげでPC-98の世界には無いある言葉を知ったのですよ。
『プライベートプランド』、『ショップブランド』という言葉を。
いわゆる自作とパーツショップのオリジナルPCのことですな。

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当時の私が憧れていた(笑)、コアユーザー、マニアの方々。
ほとんど全員が言うのが、「余ったパーツで勝手にパソコンが増えていく」。
目を輝かして何度も何度も読んだのを鮮明に覚えている(笑)。
かつて広島にも進出したゲートウェイ2000(牛柄がコーポレートマークでタクシー走らせてたアレね)のことを知ったのもこれが最初。
だからデルでBTOが有名になり、新しいビジネスモデルともてはやされた時も、ゲートウェイがあったじゃねぇかと思ったもんねえ。
まあ、デルはそれ以外にネット直販専門(初期)というモデルは革新的だったけど。
あと、Nexgenをはじめて知ったのもこの記事からだったなあ。
ブレイクしたAMD K6のベースを作った幻のチップメーカーだけど、既にこの時点で幻呼ばわりされているのは笑った。

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最後に雑誌内広告。
『田舎が生んだコロンブスの卵』フロンティア神代。
我が家の2代目、3代目のパソコンはここの製品だった。
そのときにはWindows98の時代となり、PC-98はすっかり廃れ、そして憧れのショップブランド(笑)ということで親父を口説いて、市内のショップへ買いに行ったのをこれまた鮮明に覚えてる。

その山口の片田舎から生まれたフロンティア神代も今ではヤマダ電機に買収され、ヤマダのオリジナルPC製造部門となってしまった……。
時代とは本当に無常ですのう。



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